再審請求中に死刑執行(2017.12.19)された事から死刑制度を考える

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死刑制度

 

今回は少し重い話になりますが、死刑制度について考えてみたいと思います。

 

2017年12月19日、法務省は2名の死刑執行を発表しました。

2名ともに、再審請求中の執行です。

 

この執行を受けて、日弁連を始めとする死刑制度反対派の団体が次々と抗議の姿勢を見せました。

 

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2名の死刑囚

 

松井喜代司 元死刑囚

1994年2月、群馬県安中市で交際女性とその両親を殺害し、殺人罪などの罪に問われ、99年9月上告が棄却され、死刑が確定していました。

 

松井元死刑囚に家族を殺され、自らも負傷した女性は95年控訴審の時「死刑になったところで、家族が返ってくるわけではない」と述べていたといいます。

 

 

関光彦 元死刑囚

1992年千葉県市川市で一家4人を殺害するなどして、死刑が確定していました。

 

関元死刑囚は犯行当時19歳でした。

少年法では犯行時18歳未満の被告に死刑は認めていませんが、18歳、19歳は対象外であり、死刑判決は下されます。

 

関元死刑囚側の弁護人は一審の死刑判決を支持した高裁判決後「1歳、2歳のわずかな年齢差が生と死を分けるほどの意味を持つのか」と語ったそうです。

 

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関係者の評価

特に関元死刑囚については、評価の分かれるところとなりました。

 

犯行時20歳未満の少年だった死刑囚に対しての執行は、永山則夫元死刑囚以来20年ぶりのことです。

 

犯罪被害者問題に詳しい元常盤大学学長は「事件の動機や、手口の残虐性、社会に与えた影響、被害者の感情を考慮し、今回の執行はやむを得ない。年齢だけで更生の可能性があると考えるのは間違い。今回の執行は評価できる。」と話しました。

 

一方、日本弁護士連合会死刑廃止等実現本部事務局長は「少年は家庭環境や社会の影響を受けやすい一方で、成長によって変わり得る存在だ。少年時代に起こした事件の責任は、個人だけに問われるものではない。当時19歳の元少年への執行は望ましくない」と反対意見を述べました。

 

市民団体「死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90」は、上川陽子法相の地元静岡で集会を開き、死刑執行をしないよう求める要請書を法相の地元事務局に提出したばかりでした。

 

同団体の深田さんは関元死刑囚の執行について「精神的に未熟な状態で事件を起こしたのだから、更生を進めるのが司法の役割だ。それなのに死刑判決を出し、なおかつ執行してしまうのは、死刑制度廃止の国際的な潮流にも反する」と述べました。

 

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死刑囚の現状と現実

2017年12月19日時点で死刑確定囚124名、内96名が再審請求中です。

 

死刑囚は刑務所でなく拘置所で生活します。

刑務作業のようなものはなく、雑誌や新聞も読めます。

 

食事もカロリー計算された三食が支給され、健康を保ちながら執行の日を待ちます。

死刑執行は当日まで知らされません。

 

1970年代までは前日に知らせていましたが、カミソリでの自殺が起こってしまい、拘置所の責任も問われたために、死刑囚の精神の安定のため、当日朝9時すぎに言い渡されます。

 

執行命令を伝えると、何をしていても直ちに執行へ向かいます。

この時、素直に従う者もいれば、取り乱し暴れる者、腰が抜けて動けないものもいます。

 

まず仏間に通され読経を聞きながら、果物やお菓子を食べられます。

拘置所によっては煙草を許可するところもあるようです。

 

希望があれば遺書を書くこともできます。

最後の言葉を聞かれ、皆思い思いの言葉を残します。

 

続く読経の中、隣接する執行室に移動し、速やかに首に縄をかけられ、床が開き30分程して医師と検事により死亡が確認されて死刑執行完了となります。

 

ちなみに、床を空けるボタンは3つから5つあり、1ボタンに1人の刑務官がつき、誰のボタンで床が開いたか分からなくなっています。

 

ボタンを担当した刑務官は手当てをもらい、その日の業務はそれで終わるのです。ほとんどの人はその足でお寺などに行くそうです。

 

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まとめ

長い間、死刑制度については論争が続いてきました。

そして今後も決着するのは難しいかもしれません。

 

個人的には賛成派ですが、反対派の言い分も分からなくはありません。

 

結局のところ「罪」と「人権」のどちらに重きを置くかということだと思います。

厳しいようですが、人を殺めておいて何が人権かと思います。

 

それに、拘置所の生活を考えても、最低限の人権は守られているように思います。

 

国民の税金でかなり長い間健康的に、復讐される危険性さえなく屋根も壁もあるところにいるのです。

 

反対派の人々は「命の重み」や「更生の可能性」「終身刑の導入」を示唆しますが、その重たい命を奪ったから死刑囚なのです。

 

更生の可能性は、確かに無くはないのかもしれません。

しかし、それを許せば重大な犯罪は増加するのではないでしょうか。

 

「どうせ死刑にはならないから」「更生すればいいだけ」という考える人もいるかもしれません。

 

「終身刑の導入」を死刑の変わりとする意図なのでしょうけど、終身刑なら更生の必要性も疑問になります。

 

 

最終的には死刑となるような犯罪がなくなることが1番ではありますが、それは理想論で現実的にはあり得ません。

 

よって、死刑制度はどこへ向いていくのか、いつ自分が被害者や被害者遺族になるか分からないこのご時世、しっかりと見ていきたいと思います。

 

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