売れてる一握りの芸人は引き際をどう考えるのか

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売れている芸人の引き際

 

 

今やテレビで見ない日はない芸人ですが、その人数は把握しきれないほどです。

 

テレビで見かける芸人は夢を掴んだほんの一握りの人間ということになります。

そこに至るまでに苦労も、努力もあったと思います。

 

天才と呼ばれる人は一握り中の一つまみといった感じです。

そんな競争の激しい芸人枠なので、当然挫折し、夢を諦める人も大勢いることでしょう。

 

そんな芸人の引き際について興味深い話を二つ紹介します。

 

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明石家さんま

2018.01.20日、放送のラジオ「ヤングタウン土曜日」で語った、辞めたい芸人を引き止めない理由が単純でありながら、深いと思いました。

 

番組ではももいろクローバーZの有安杏果の話題になり、さんまは「俺、辞めることも正解やと思うしね、芸能界なんて」と発言しました。

さんまは、後輩芸人から「辞めます」と言われて「辞めんの?」と聞き返すだけだそうです。

 

それは芸能界が「頑張ってどうにかなる世界ではないから」という理由です。

続いて「行ける人はやっぱり続けてはる」「芸能界は成功しなけりゃ大変やし、成功しても大変な商売」と言っています。

 

一見、当たり前のように聞こえますが、つまり成功して、テレビに出ることがゴールではないと言いたいのではないでしょうか。

 

テレビに出たら次は、出続けられるようにしなければならない、出続けたら今度はMCを狙いたいといった風に、永遠にゴールは無いのだと思います。

 

逆にテレビに出ただけで、夢を掴んだと浸っている人は、もうそこが限界点のような気がします。

 

そういう人が何か壁にあたると「辞めたい」という方向に考えてしまうのではないかと思います。

 

もちろん、テレビに出る前に挫ける人が大半だと思いますが。

そう考えると、「一発屋」と呼ばれる人でも、やっぱりすごいのだと思います。

 

多くの人がその「一発」さえ打ち上げられず散っていくのですからね。

 

売れる人=続ける人、辞めたいと思った人=売れない人、という単純な方程式ですが、意外とそこに気が付いている人は、少ないかもしれません。

 

 

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東野幸治と千原ジュニア

千原ジュニアが27歳の時、バイク事故で入院していた時の話をテレビで話していました。

 

顔の損傷が激しく、周りからも芸人として表に出るのではなく、放送作家として笑いを支えていったほうがいいのではないかと、勧められるようになっていたそうです。

 

千原ジュニアは、本気で「辞めようかな」と一人静かに思っていました。

そこへ見舞に来た東野幸治が、唐突に「お前、辞めようとしてんの?」といい、後日ある番組の無編集版テープを持ってきたそうです。

 

そこには爆笑につぐ爆笑をとる上岡龍太郎さんと笑福亭鶴瓶が映っており「俺、絶対こっちに戻りたい」と強く復帰を決意したと話します。

 

 

当時、東野は多くのレギュラーを抱えていましたが、週に4日も見舞いに来ていたそうです。

 

言葉で「辞めるなよ」と言うのではなく、その気持ちをもっと真っすぐ届ける、とても効果的な方法を選んだなと思います。

 

先ほどのさんまの例の時に、「辞めたい人=売れない人」と言いましたが、ここでのジュニアの「辞めたい」は「芸人以外をするくらいならこの世界を辞めたい」という意味で、逆に言うと「絶対芸人を続けたい」という意思の表れに他ならないと思います。

 

つまりジュニアは「売れる人=続ける人」に入っていたのでしょう。

そこへ東野の存在がやはり大きかったと思います。

 

東野が忙しい中でも週4もお見舞いに来ていたのは、悲しいことに、ただ家に帰れない事情があったからだそうですが。

 

 

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まとめ

人が何かの道を諦めようとしたとき、その分岐点にどういう心持でたつか、その周りには誰がいるのかというのが重要になってきます。

 

心底諦めようと思っているなら、その道にとどまるべきではないと思います。

分岐点の先にはまだ見えない道が広がっています。

 

ドロップアウトのほうを選んでも、それはそれ用の道があり、食い下がり、続けていくほうを選んでもそれ用の道が続いています。

 

しかし、その道は、自分の覚悟、きっぱり辞めて前に進むという覚悟やもう挫けないという覚悟によって、アスファルトにもあぜ道にも、茨の道にもなり得ると思います。

 

分かれ道を行けば失うものも多いですが、しかしどちらの道も、自分次第で何かにたどり着く道なのは確かです。

 

そうした人生の分岐点を見守る人間がいれば、それは自分にとって大切な存在であると思います。

人は一人ではないとよく言いますが、結局は一人です。

自分の人生は自分で決めなければいけません。

それが責任を持つということだと思います。

 

人に委ねられるのは、まだ判断のつかない子供のうちだけです。

一生に内に人は大小様々な分かれ道に遭遇します。

 

初めは間違えたと感じる選択でも、何度も続けていくうちに、その「間違えた」を教訓として、自分の覚悟を決め、より良い選択をできるようになります。

 

より良い選択とは後悔をしないことだと思います。

それを経験と呼ぶのでしょう。

 

したがって、どんな経験も自分の中に刻んでいくべきだと思います。

 

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