サウジアラビアの世界遺産『ジェッダ歴史地区:メッカへの玄関口』とは

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サウジアラビアの世界遺産

今回は世界遺産、サウジアラビア王国の「ジェッダ歴史地区:メッカへの玄関口」です。

 

皆さんはジェッダ歴史地区:メッカへの玄関口についてご存じでしょうか。

 

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ジェッダは、ジッダと表記されることもあるサウジアラビアで二番目の大都市で、この町には340万人の人々が暮らしていて、中東でも有数の大都市となっています。

 

町の名前の由来には複数の説があり、有力なのは海上交易の重要拠点だったことから「海のそば」を意味する言葉に由来したという説です。

 

確かに古代からジェッダはインド、アフリカなどに向けて多くの船が行き来していたことが判明しています。

 

また、内海である紅海は、比較的波が穏やかなため古くから海上交通網が発達していました。

それを考えると、こちらの説が有力なのではないかとされています。

 

 

名前の由来のもう一方の説は、「老婆」を意味するアラビア語にあるという説です。

これには裏付けとなる伝説もあって、ジェッダには旧約聖書に登場する人類の祖先であるイヴのものではないかと言われているお墓があるのです。

 

このお墓は、古くからイヴのお墓と言われてきたのですが、ムスリムの中にイスラムの教えと反してお墓に礼拝する人がいたことが社会問題となり、イスラム法学者の決定によってサウジアラビア当局は、西暦1975年にお墓をコンクリートで覆い隠してしまいました。

 

 

この二つの説のうち、どちらが真実なのか答えは出なさそうですが、こういうのを考えるのも楽しいものです。

 

 

ジェッダは、聖地メッカへ巡礼に訪れる巡礼者が最初に訪れる町としても、古くから繁栄してきました。

日本の在外公館もあり、宗教の都メッカとは違い、様々な人々が訪れるためサウジアラビアの中では、コスモポリタンのような雰囲気があります。

 

 

そんなジェッダ歴史地区:メッカへの玄関口の魅力について、歴史を踏まえながら、紹介していきます。

 

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ジェッダの歴史

現在ジェッダがある場所には、紀元前には既に集落があったことが確認されています。

 

イスラム教が広まるまでは、交易の町としてしか知られていなかったジェッダですが、西暦647年に第三代正統カリフのウスマン・イブン・アファーンが、ジェッダの漁港をメッカへの巡礼者のための玄関口として整備しなおしたことから、巡礼者が最初に向かう土地としても知られるようになりました。

 

これ以降、現代に至るまでの間ヒジャズ地方の重要な町として、世界中から訪れる巡礼者を迎え入れて、ジェッダは繁栄してきました。

 

イスラム世界で、覇権を手にしたファティマ朝などのアフリカ大陸側に本拠地があるムスリム国家も、ジェッダの持つ重要性は十分に理解していたため、アラビア半島に進出したときにはこの町を手厚く保護しました。

 

西暦1517年にエジプト、アラビアに進出したオスマントルコ帝国は、キリスト教徒の軍船から襲撃に対応するため、西暦1525年には防壁や迎撃塔の補修・増築を行いました。

 

その後しばらくは、オスマントルコ帝国の統治下で安定した繁栄を続けたジェッダですが、西暦1744年に、サウード家が勢力を伸ばし、第一次サウード王国を建国すると、19世紀初頭にはジェッダやメッカを含むヒジャズ地方を掌握しました。

 

 

オスマントルコ帝国は、サウード王国に対して、エジプト副王だったムハンマド・アリーに鎮圧を命じ、西暦1811年から西暦1818年にかけて、オスマン・サウード戦争が起こりました。

 

この戦争では、終始オスマントルコ帝国が優勢に戦いを進め、オスマン=エジプト軍団は西暦1813年にはジェッダの戦いで大勝して町を奪還し、第一次サウード王国は滅亡しました。

 

 

サウード王国は滅亡したとはいえ、王族が絶滅したわけではないため、これから100年後の西暦1925年には、ナジュドで王族の子孫がサウード王国を再興し、ヒジャズ地方を電撃的に制圧しました。

 

この時にメッカも制圧され、メッカのカリフだったハーシム家のフサセイン・イブン・アリーは、殺されず追放されました。

彼はキプロス島を経由してアンマンにのがれ、ヨルダン・ハシミテ王国を建国しました。

 

西暦1932年に、ヒジャズ・ナジュド王国はサウジアラビア王国と国号を変更し、アラビア半島の大半をその支配下に収めました。

 

 

この結果ジェッダは、ヒジャズ王国の最重要都市から一地方都市へと降格し、政治的重要性は失われたのです。

 

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ジェッダの街並み

ジェッダには、この地方で古くから作られていた建物が数多く残っています。

 

これは紅海沿岸に特有の建築様式で、塔のような形をしていることから塔状家屋と呼ばれています。

 

 

ローシャンタワーとも呼ばれているこの建物は、さまざまな装飾が施された木造部分の窓や扉が特徴で、かつて世界中からの巡礼者たちは、このローシャンタワーを見ると聖地が近くなったことを感じたと伝わっています。

 

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お役立ち情報

ここで、ジェッダ歴史地区:メッカへの玄関口観光に役立つ情報や豆知識をお伝えします。

 

キングファハード噴水

実はジェッダには世界最大の噴水があり、吹き上げる海水の高さは、最高300メートル、時速350キロ以上のスピードで吹き上がる噴水はまさに圧巻です。

 

風の吹く方角や強さによって、吹き上がる高さは変わってきますが、どんなコンディションでもその圧倒的なスケールは一目でわかるかと思います。

 

この噴水は、西暦1985年につくられたもので、他の多くの噴水と違い、海水を使用しているため毎日の保全作業が欠かせないのですが、伝統的に水が非常に貴重なアラビアでは大量の水を使う噴水は珍しく、人々はこの噴水を見るとやはり感動するようです。

 

夜には、数百のスポットライトを使って噴水がライトアップされ、非常に幻想的な景色を楽しむことが出来ます。

 

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最後に

いかがでしょうか。

 

これをきっかけに、ジェッダ歴史地区:メッカへの玄関口に興味を持って頂けたなら幸いです。

 

実にサウジアラビアは、日本人でも観光ビザを発給していないため、観光目的での入国はできない状態となっています。

 

以前は、団体旅行に限り観光ビザを発給していたのですが、西暦2012年に中止となってしまいました。

現在は、巡礼目的のムスリムか商用ビザ、またはその家族ビザでしか入国ができなくなっています。

しかし、サウジアラビア政府は現在徐々に厳格なルールを緩和しつつあり、最近になって女性が自動車を運転することも認められました。

 

観光ビザを発給してはどうかという意見も挙がっており、近い将来日本人に観光ビザが発給される可能性も多いにありますのでその時は期待しましょう。

 

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