奈良県で最も有名な観光地の一つとされる若草山の麓、東大寺を紹介

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懐かしの奈良 東大寺にて

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奈良と言えばやはり東大寺

今回紹介するのは、奈良県の東大寺です。

冬の黄金色になった芝生が映える若草山の麓、東大寺と言えば奈良県で最も有名な観光地の一つと言っても過言ではなく、皆さんも学生の時に修学旅行等で訪れたのではないでしょうか。

 

2020/02、新型のコロナウイルスで何かと話題になっている奈良ではありますが、今回はコロナウイルの話題が出る前に訪れたお話で、今後事態が落ち着いた際に参考にしていただければと思います。

 

そもそも東大寺は、遡ること奈良時代に当時の天皇、聖武天皇が当時飢饉や天災によって乱れていた日本を、仏教の力によって静めようとした「鎮護国家」プロジェクトによって建立されました。

全国各地に国分寺・国分尼寺を立てる「国分・国分尼寺建立の詔」が741年に発され、その総本山として建立されたのが東大寺になります。

 

そして、「奈良の大仏」として有名な「廬舎那仏」は、国民が縁を結び、すべての生き物がともに栄える世を作るために造立されました。

歴史ある観光地を訪れる際は、バックヤードを踏まえて行くと少し見方が変わってきます。

 

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東大寺の正面玄関「南大門」

奈良駅から歩くこと約20分、途中鹿の愛らしい姿に足を止めながらも、東大寺参道に入ると目に見えてくるのが東大寺で有名な建造物の1つ、南大門です。

この南大門は日本最大の山門と言われています。

 

東大寺が建てられた当初の門は、平安時代に大風によって倒壊してしまいました。

現在、私たちを迎えてくれる南大門は鎌倉時代に、再建されたものになります。

 

約800年も前のものを、今もなおこうして拝むことができるのは、とてもありがたいことだと思います。

 

さて、この南大門には、読者の方も一度は学校の歴史の授業で習ったことがあるであろう運慶・快慶らが作成した「金剛力士像」が門の左右に安置されています。

この金剛力士像は、鎌倉時代の1203年に作られたとされており、その創作期間はなんと2か月余りだったと言われています。

 

その早業の秘密は、「寄木造」という仏像作成の手法にあります。

簡単に説明すると、プラモデルのように腕や頭などのパーツを作り、それを組み合わせて作成する方法で、分担作業でパーツを作ることで作業時間をギュッと短くし、短時間での作成が可能となりました。

この2体の像が鎌倉の時代から現在まで、東大寺を訪れる旅行者を迎えてくれます。

 

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幾重の戦火を乗り越えて復興した大仏殿と大仏

続いて向かったのは、言わずと知れた東大寺大仏殿ですが、日にちによっては、観光客の数も少なく、割とゆっくり回ることができることがあります。

 

この大仏殿及び大仏は、実は2度戦火に巻き込まれています。

1度目は平安時代、源平合戦にて平重衡が平氏政権に反抗的だった奈良の寺社勢力を攻めた際に焼失し、2度目は戦国時代で、当時近畿地方を治めていた三好氏と、元々はその家臣であった松永久秀との争いにて焼失しています。

 

現在の大仏殿は、江戸時代に再建されたもので、現在も世界最大級の木造建築です。

正面上にある窓は、大晦日から元旦に開かれ、大仏のお顔を外から拝むことができます。

 

誰もが知っている大仏ですが、先ほど述べたように2度戦火に遭っているため、実は部位によって作られた時代が異なっていて、台座や膝あたりまでは造立当初の奈良時代、膝上から肩あたりまでが鎌倉時代、そして顔や頭の部分は江戸時代に作られました。

 

それぞれの時代で、残った部分を生かしつつ、継ぎはぎをして修復して今の姿に至っています。

いにしえの時代からずっと同じ場所で鎮座している大仏を眺めていると、つい時間の流れを忘れて引き込まれていきそうな感覚になり、つい手を合わせている自分がいました。

 

また、大仏殿の柱には、大仏の鼻の孔と同じ大きさといわれている穴が開いており、人気スポットになっているようです。ぜひ、くぐってみるのも面白いと思います。

 

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大仏だけじゃない!東大寺の重要な使命

東大寺と言えば南大門と大仏に行けば大体終了してしまう方が多いのではないでしょうか。

 

確かに修学旅行などで訪れる際も「大仏を見たら終わり」というパターンが多いようです。

ここからは、今回訪れた東大寺境内にある「少し大人な」スポットを訪れたのでご紹介します。

 

大仏殿から西向きに少し歩いたところにあるのが戒壇堂です。

ここは奈良時代に僧になるために必要な「授戒」を行うために作られ、この授戒こそが当時東大寺が担っていた重要な使命でした。

当時、仏教を広めて国を治めようとしていましたが、僧は税の対象から外れていたため、国が許可していない僧がたくさん増えていました。

 

対処に困っていた聖武天皇は唐の高僧である鑑真を招き入れ、正式な僧から授戒を受け、授戒を受けた僧がさらに別の者に「授戒」を行うといった制度を作りました。

その舞台となったのがこの戒壇堂です。

 

ちなみに日本で初めて授戒を受けたのは聖武天皇であり、聖武天皇は仏教を持って国家を安定させるために自ら仏門に入り、仏教へ没頭していったと言われています。

現在の戒壇堂は、江戸時代に再建されたものであり、中は残念ながら撮影することはできませんでした。

ちなみに中は国宝である四天王像が配置されていて、静寂な雰囲気の中で多様な表情の四天王像が迎えてくれました。

 

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まとめ

今回は奈良東大寺を紹介しました。

いにしえの都で昔訪れたときの記憶をたどりながら、どこか懐かしい旅になるのではないでしょうか。

東大寺は南大門や大仏だけでなく、ここでは紹介しきれなかったスポットがたくさんあるので、是非訪れた際は散策してみるのもいいと思います。

 

他にも周辺には、他にも春日大社や興福寺といった有名な観光地があります。

また機会があれば、奈良の見どころを紹介したいと思います。

 

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